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最も従属した者たちは、最も悲惨な愚かしさをもって利口ぶろうとするが、それほどありふれたこともまたないのだ。


 以前見た夢の続きを見た。途中までは関係のない夢だったが、途中から続編のようになった。以前見た夢のその内容はというと、父が死んでしまい、僕は皆が悲しむと思って、その死体ををとある部屋に隠したのだが、姿かたち、性格、記憶、僕や他の人に対する振る舞いまで同一の、つまりまったく同一人物としてある「別の父」が父として新たに現れ、そのまま僕らと暮らす、というものだった。父、「元の父」とでも言うべきだろうか、彼が死んだことは、僕しか知らない。そしてそれは、「別の父」も知らないことだった。彼、「別の父」に直接尋ねたわけではないが、僕は「別の父」が「元の父」の死を知らないと確信していた。

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 黒と茶の中間色をした木製の床に、硝子の破片が薄埃のように積もっている。中には大きな尖った破片もあり、危険なものだから、僕はそれを藁半紙を半分に折ったものですくい、脇へと除けていった。廊下を左から右へ、次は右から左へと順に、硝子埃を掬い上げては邪魔にならない場所へ積み上げると、埃の山は交互に築かれる恰好となり――床と硝子の色の関係から言ってネガとポジが逆みたいだけれど――雪の上に刻む足跡のように連なっていった。四つに這い、下を見ながら、除去しなければいけない硝子埃のことばかりを思い、ひたすら順々に繰り返しながら進むと、白い布地の中に灰色の糸を織り込んだ絣を貼り付けたような引き戸に辿り着きそうになって、その戸の向こうは父の死体を隠した部屋なのだ、と気付いた。「駄目だよ」、と、後ろを進んでいた誰かに言ったが、だが実は誰もいなかったし、誰も答えなかった。

 のろりと立ち上がり、戸をあけると、セピアに霞んだ、澱んだ空気が流れ出してきた。まず、木がところどころ剥げかかって、全身がささくれのようになっている本棚が目に入った。この部屋には父の死体があるので、顔を向けてはいけない、見てはいけない、と思いながらも、ゆっくりとぎこちなく左を向いてゆくと、果たして、桶や、本、ガラクタ、埃などで雑然としている部屋の中に、黒茶色をした木製の、古めかしい教壇のようなテーブルがあって、その上に、細い縄で無造作に縛られた薄汚れている白い布、それに包まれている塊が見えた。あれは父だ。父の塊は、窓から差し込む、弱々しい夕明かりに照らされていた。

 部屋は自分が開けてしまったので、すぐにまた閉めなくてはならないだろうと思っていた。ここに父がいるのは、見つかってはいけない。父、あるいは父だったものと言うべきか、この部屋に安置されているそれと、今僕らと生活を共にする別の父が出逢ってしまえば、今の生活は破綻するだろう。元の父と、今いる、別の父、お互いに、また他の家族だって、どうしていいかわからなくなってしまうかもしれない。何より、自分の代わりがいるというのは哀しいことだ。そうなるのは、止めなければいけない。堰を切って溢れ出したような焦りが、胸の下辺りから喉の方まで昇ってきて、父であった塊の方を見た。すると布が――頭のある部分だと思う――微かに、やがて、ぐわりと動き始め、徐々に白い塊はその半身を起き上がらせていった。布の中で塊の腕がもぞもぞと動いていて、縄の縛めを弛めようとしている。それにはっと気付き、止めた方が良いのかと思ったが、止めることも出来ず、ただただ見守るだけしか出来ない。秘密と嘘が露呈してゆく時の、あの羽虫が押し寄せるようなざわりとした感覚に支配される。やがて、布の中から顔を出したのは、やはり父だった。

 父は辺りを見渡し、こちらを見た。すると、細やかな、橙色をしたわずかな日差しに浮かぶ父の姿を見たからだろうか、僕は子供のように泣き出してしまい、口から出る言葉も幼い頃のそれのようになってしまった。涙を頬に伝わらせながら――あのね、パパがね、死んじゃってからね、さみしかったよ、さみしかって、あのね、かくそうとしたんだけど、みんな、死んじゃったら悲しむから、だからかくそうとしたんだよ、でもね、かくしたあとに、もう一人ね、パパが、顔とか、声とか、いろいろ、いろいろなものが、いろいろ、同じパパが、死んだあとすぐにいてね、みんな、パパが死んだことを知らないし、そのパパも知らないの。でも僕が、パパが死んだことを隠していないと、みんな、そのパパもきっと、悲しくなっちゃうし、みんなが、もう一人のパパが、ほんとうのパパなんだってことをね、なんにもおかしいなって思わないで、いて、そういう風になっちゃって、今まで、さみしかったんだけど、でも、言っちゃいけない、パパがほんとは死んだって、言っちゃ、いけないって、思ってて、かくしてたんだよ、ごめんね、今まで、ごめんね、パパ、ごめんね――制御のうまく利かない震える声で父に話し掛けると、彼が一言、微笑んで「そうか」と言ったような気がした。ふと見ると、父の右腕、二の腕の内側に、大きな、痛々しい裂傷が見える。それは時間が経ったためだろうか、いくらか黒ずんでいて、肉と骨までが露わになっていたから、それを見て、まだ嗚咽が引き起こす痙攣から抜け出せずにいる頭でぼんやりと、この傷が父を死に至らしめたのかもしれないと思った。

 今や父は完全に立ち上がり、部屋の外へ出ていた。僕は後ろから、寄り添ってそっとついて行った。最早、彼を止めることはしたくないし、止めようとしても恐らく出来なかっただろう。もう一人の父がどうなるのか、そして父がどうなるのか、僕にはもうわからない。ただ、ここまで来たら、長い長い間、眠っていた父を歩かせて、家族に逢わせたかった。もう一人の父にも、出来るなら逢わせてあげたい。僕がなんとかしないといけないと思った。僕さえ上手くやれば、父と、もう一人の父と、家族で、笑って過ごせるようになるかもしれないし、そうするのが僕の役目だと感じていた。
 そうして父とゆっくり歩みを進めていると、廊下の右にある部屋から叔父が出てきた。僕は、全てが崩れてしまうことへの恐れで身を強張らせたが、しかし、叔父は、白い布を纏ってふらふらと歩く父を見ても何も言わない。だが、いつもの調子で、「どうしたの?」と彼が問うのを聞きながら、僕は、叔父の背丈がずいぶんと高くなっていることに気付いていた。その時、僕は直感した。もう一人の父は叔父の伸びた背丈の中にいる。何も言わずにもう一人の父は消えたのだと思った。それがわかって、寂しいのか、父が戻ってきて嬉しいのか、想いが僕の中でないまぜになったたまま父の腕を見てみると、裂傷はもうすでになくなっていた。
| 夢日記 | 19:05 | comments(4) | trackbacks(4) |
雑文ニ連
昔適当に書き散らしたちょう短い雑文たち。ファイルが見つかったのでちょっとだけ改変して掲載。
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一、マンションゲーム
ルール:「参加者は皆、胸にメダルをぶら下げていて、そのメダルには時折数字が浮かび上がる。数字は、参加者の能力値のようなものだ。レーザーポイントを相手に当てれば“攻撃”できる。攻撃のタイミングは任意で、数字が浮かび上がっている時ではなくとも可能。ただしその場合、相手の数字が自分より上なのか下なのか、わからないので博打めいている。攻撃した相手の数字が自分の数字より下であれば“勝ち”。勝てば、相手の数字は自分の数字に加算され、その計算結果が自分の新たな数字となる。最後に勝ち残った一名が最終的な勝者である」

 階段の踊り場で独り、今か今かと待っていると、ゲーム開始のサイレンが鳴り響いた。このゲームはスタートダッシュが重要だと僕は判断している。サイレンを合図にいきおい立ち上がり、駆け下りていくと、気の弱そうな男が目に入った。僕を見て、愛想笑いのような、あいまいな笑みを浮かべたそいつの胸にメダルが下げられていて、「6」という数字が浮かび上がるのが見えた。ああ、こいつは獲物だな、自分の勝ちだ、と思う。自分の顔色がいくらか加虐的なものに変わったことが自覚できた。僕の顔色の変化を確認したのか、そいつは、もう終わりだというような顔をしているが、構いやせずレーザーポイントを当てる。そうして、“僕の数字の方が上”だから、僕は勝った。同じ場所に留まるようなことはせず、そのまま階段を僕は駆け下り続ける。「だからゲーム開始直後はあぶないんだよなぁ」、さっきの奴がそんなことを言っているのが聞こえた。
 物陰に隠れたり走ったりしながら、常に前後左右や上方・下方にも目を配り、相手の死角から数字を確認・攻撃するように心がけ、僕は抜け目なく数字を加算していった。このままの調子で生き延びたい、と考えながら、ステンドグラスから陽光が差し、景色に色がつけられたホールを駆け抜けていると、男に遭遇した。その数字は「53」。勝てる、と思った僕は攻撃を開始する。僕の放ったレーザーポイントが当たると男はにやにや笑い、数字は隠すことも出来るんだよ、と言って、ジャケットから新たなメダルを取り出した。つまり、“胸のメダルに表示されている数字”と、“ジャケットの中にあったメダルに表示された数字”とを足したものが“彼の数字”だというのだ。
 合計数字は僕の数字を上回り、僕は負けた。メダルを複数個所持できる、そんなことはルールにはなく、ひどいと思ったが、負けは負けなのだそうだ。僕はゲームから降りた。

 最早何をするでもない僕は興味を失ってマンションを抜け、ふらふらと歩くと、開発計画が一向に進まないで放置されている原っぱへとたどり着いた。足場がぬかるんでいて靴をいやな感触がつたう。足を踏み出すたびに、ぐにゃりと地面の形が変わった。早くこんな場所は抜け出したいなあ、と思い、歩みを進めていると、同僚が言い争う場面に遭遇した。あれ、この二人、言い争うなんておかしいな、仲がよいと思ってたのに。
 二人を横目にまたしばらく歩くと駅に着いた。人だかりが出来ている。知り合いがそこにいて、笑っている?へらへらと妙な表情をしながら僕に近づき、「あの、三組の二人、一人がキレて、傷害事件になったってさ。俺三組じゃなくてよかったよ」と声を掛けてきた。日々の仕事は「組」単位で行われていて、僕はその三組なのに、明日からやりにくいことこの上ない。わざわざそんなことを知らせないでくれ、と思った。駅の階段を上がると、また人だかり。線路に、同僚が、血を流し倒れていた。
 明くる日、三組へ出勤すると、机の配置が変わっていて、やはり二人はいなかった。室内はざわついている。

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ニ、水の星へ愛を込めて
 眼前に水を湛えた惑星が迫ってきて、そろそろ大気圏に突入するのだと知った。僕達の機体は突入に耐えうる態勢を取り、降下してゆく。

 この星の海は広く、暗い色をしている。逃げてきたという事実とあいまって、その色はどうにも僕を陰気な気分にさせる。海岸に横付けた状態で、僕らの乗る機体があり、機体は波に揺れていた。他の機体は何処へ行ったかわからない。突入時に角度がずれたりして、随分離れた所に降下したに違いない。

「この星に着いたのはラッキーだ。自然が豊かで、魚も多い。当分、生活には困らないんじゃないか?」
 仲間の一人がそう僕に言う。気休めだな、と思う。おい見ろよ、魚が跳ねたぞ、なんて言いながら彼はいかにも陽気そうにもう一人の乗員と話し、間を繋いでいる。いや、あれは魚って言うより、化け物だろ。大きすぎる。「まさか、しばらくここにいるつもりなの?」と僕が尋ねると、「そうだよ。ここは隠れるにはうってつけの場所じゃないか」と彼は言う。冗談じゃない。僕らのいる甲板には、波に打たれた所為で体を濡らした少女が立っている。波が僕らの足を濡らす。僕は少女を連れ、街へ行く事にした。仲間に止められたが、構わない、ここにいるよりはマシだ。

 古びた街灯や石畳の舗道が目立つ街で少女の手を引き歩いていると、道を隔てた向こうにKがいた。ということは、隣にいる女の子はMだろう。だけど、あの娘あんな顔だったっけ? KとMは僕らには気付いておらず、にこにこ笑いながら回転ドアに吸い込まれていった。この時間、大学の授業じゃなかったかな、奴ら出歩いてて大丈夫なのかな、と思ったけれど、まあ僕も似たようなものだ。いや、そんな事よりも、これからどうしよう。僕の手に引かれるままの少女はぼんやりとしていて、まったく言葉を発さない。
「ここには、知り合いもいるから、大丈夫だよ。ほら、そこの店、そこは、君も知ってるあの人が働いているんだ。だから、大丈夫だよ。心配ない」
 僕はそう言いながら、少女の腕を取って歩く。そう、ここには、あの人がいるから、大丈夫。だけど、あの人って誰だろう? 思い出せない。
| 雑文 | 17:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
『理解して!>女の子』
作詞・作曲:つんく 編曲:野村義男

「3分間ポップの甘い魔法」、人類が幾度使用したかわからないこの広く知られた言葉が一般的に指し示す文脈に、「曲が滞りなく進むかどうかわからないスリリングさ」などの諸要素を加えた、まさしく超魔術的な魅力に溢れた楽曲。その魅力は「お買い物 行こう」から始まり反復されるポップなメロディにも現れるし、CD音源なのに一寸先では音程が揺れ動くのではないか……そんな風に聞こえる危うげな、しかし恐ろしくキュートなボーカルのさなかにも立ち上がり現れる。無論それらは独立して散発的に現れるわけではなく、渾然一体となり、信じ難いエネルギーとなって聴取者に向かってくる。だからだろうか、この曲を聴いてまったくの平静でいられる人間を僕は知らないが、逆に、この曲の魔力に捕われた人間なら何人も知っている。

 ファンクラブ限定発売だったという流通形態ゆえ、チャートにも勿論昇ることが無かったし、世間的にこの曲が広く知られているということはまずないだろう。だが一度聴けば記憶に刻まれる一曲だ。

| 音楽 | 13:42 | comments(5) | trackbacks(3) |
『変身』
『変身』
監督:ワレーリイ・フォーキン
2002年 / ロシア




 カフカ『変身』の映画化。最初にこの映画の予告編を観た時、まず気になったのは、「どう“虫”を表現するのか」よりも、まずは、冒頭でザムザが見る「気がかりな夢」をどうするのだろうということだった。「虫」に関しては、この『変身』で取られた手法に落ち着くだろうというのが容易に想像できたが、気がかりな夢の内容をどうするのか、そもそも内容を描くのか、などが気になったのだ。何故なら、例えばミュージック・クリップの普及時に同種の指摘があったかと思うが、映像化は作品のイメージを想像する手がかりとはなり得るが、同時に想像力の固定化/限度を露呈してしまう性向があるからだ。だから、「気がかりな夢」を描いてしまうことには、危険性が伴う。要するにそこで問題にされているのは、“Video kills the radio star”という言葉が暗に指し示すものにも近いし、古くはアドルノが音楽に関して問題としていたものにも通じるところはあるかもしれない。端的に言って、「本物はこんなものじゃない」「しょぼい」と感じられてしまう恐れがあるということだ。

 果たして、この映画では「気がかりな夢」の内容が描かれていた。その詳細には触れないが、「これは夢である」とわかった上で観られてしまうという制約もあってか、観ているとどこかで「想像力の限界」という言葉がちらついた。また、素直な意見を言えば、この映画は全体的に「ベタ」の一言で片付けてしまうことは出来てしまうだろう。だが、“あの”カフカ作品の映画化なのだから、何をやっても十字架を背負って当然なのだし、仮に原作から逸脱したような真新しさや奇抜さを狙った演出/展開をされても、それはそれで、かなりの高確率でアイディア倒れになるのがオチだろう。ただ、それでも「気がかりな夢」には恐ろしさをおぼえたし、映画全体を通じて、不安、恐ろしさは感じられた。正直、スクリーンの中のグレーゴル・ザムザにシンパシーと哀切さを感じ、涙ぐみもした(別に、だからいいというわけではないのだけど)。演出だって目から鱗が落ちるようなものはなかったが、だから不満だということはなかった。また、「虫」の描写には納得させられるところが多く――まさにその描写が「不安」や「恐ろしさ」を感じさせる大いなる一助となっていたと思うのだが――それはうまく働いていたと思う。

 先ほど僕は「恐ろしさを感じた」と書いた。原作『変身』が感じさせる<恐ろしさ>の大半は、システムから排斥される可能性を物語の享受者に示唆することにあると思う(し、それはこの作品を語る時に繰り返し語られていることでもある)。だが、個人的なことを言うならば、実は僕は原作よりも映画のほうからより<恐ろしさ>を感じてしまった。この映画は人と観に行ったのだが、彼女は僕をはっとさせるようなことを言った。そのことによって、何故僕は映画のほうにより<恐ろしさ>を感じたのかがわかったような気がしたのだ。彼女は戯れというには重い調子で自分が虫だったらという仮定について語ったし、「『変身』って、普通にこれ、虫じゃなくても、例えば自分が何かの障害を抱えてしまった場合と、その家族の映画としても見えるよね」というようなことも言った。この映画における「虫」の描写は、確かに何らかの障害の暗示とも取れるようなものだったし、それはまったく腑に落ちるものだった。僕は原作を読んだ時も「正常な社会」から排斥されることへの怖さについて考えはしたが、「私」が排斥される可能性についてはなかなか実感を伴った感覚として感じることは出来なかった。しかし、「“虫”はシステムが弾く人間のメタファーである」、というような、何やら構えたような言葉で考えてみるよりも、この映画により、「ベタ」な映像と、あの「虫」が虫ではない形で「虫」を描く手法、それらで<恐ろしさ>を提示される方が、「あなたにもこの可能性がある」と明示的に提示される方が、私が排斥される可能性を身近に感じられることが出来たのだ。

 それは単に、僕のような人間は『変身』を解さない想像力の欠如した人間だからなのかもしれないが、『変身』が現代においては「古典」であるという事情も鑑みてもいいのかもしれない。古典であるがゆえ、「『変身』って虫の話でしょう?」程度の認識を誰もが持っているし、「今日び、人が虫になる程度の<不条理>さでは誰も驚かないよね」というような認識すら我々には御馴染みのものだと思う。『変身』を読む際にそのような、現代だからこそ取りうる認識をまるで考慮に入れずに読むことは不可能ではないだろうか。それらがわかっているから、この監督は「何やら気がかりな夢」をはっきり描き、また映画全体として難解な表現/手法を取らず、あの「虫」の描写法を使ったのではないか、と思った。『変身』の<恐ろしさ>を、「たいした事のない映画化」と言われる危険性を表面的に回避するよりも、明示的な手法をむしろ採用することによって(あるいは取らざるを得なかったのかもしれないが、いずれにせよ映画化に際しそのような選択を強いるように思えてしまうところが原作の恐るべきところだろうか)、再び現代に認識させるために。その試みは程よいバランスで上手くいっていたように思う。
| 映画 | 19:13 | comments(6) | trackbacks(2) |
千ノナイフガ胸ヲ刺ス


 彼が浮かべている笑みが気持ち悪い。灰白色でところどころ黒ずんでいるコンクリートが凹型の通路を形作って、僕らの周りを包み込んでいた。黒いゴムがコンクリートのプレートとプレートを間仕切りしているだが、それも乾いた泥で汚れており、人に踏まれているせいかもしれない、葉がいくらかちぎれているような雑草たちが間仕切りの隙間のそこかしこから力の弱い様子で顔をのぞかせている。後ろの黒い男から恐るべき力で身体を抱え込まれ、動きを止められているせいで抵抗のできない僕は、明るい茶色の髪を整髪剤でべっとり横になでつけている男の接近を許していた。空の色は周りにあるコンクリートより暗く、しかし雲は厚く垂れ込めてはいなかった。灰黒色した水彩の絵の具を均質に塗りたくったような空の下、べっとり髪の男は僕に近付いてくる。彼が浮かべている笑みが気持ち悪い。カッターナイフの刃をかちり、かちかちと伸ばしたり縮ませたりしながら僕の目の前までゆっくりと歩いてくると、彼は視線を落とし、僕の手を見やった。すると黒い男の力がいっそう強くなり、抵抗むなしく、僕の手は意に反してゆっくりと彼の眼前へ捧げられた。

 べっとり髪の彼は僕の左の親指に刃を当て、少し力をいれて刃先を突き刺してから、横に引いた。それから、僕の手の甲や、二の腕、胸の辺りも少しづつ切りつけていった。さしたる抵抗もなく、刃を引かれた場所はどれもあっさりと切り開かれていった。鋭利なメスで身体を切るとこんな感じなのだろうか、僕はテレビでしかそれを見たことがないのだが、このすうっとした切られ心地からは頭の中が絞られるような薄気味の悪さとぞくぞくする寒々しさを感じた。それに少し、痛みもあった。ただし肉を切られているにしては思ったほど痛くはない。
| 夢日記 | 21:40 | comments(5) | trackbacks(1) |
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